2017-08

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地方活性化とは名ばかりの道の駅

■ 熾烈な「道の駅」競争、「負け組駅」は地域の重荷に

道の駅は、1993年に建設省(現・国土交通省)によって認定制度がつくられ、当初は103カ所からスタートしました。現在は全国に1040駅(2014年10月10日)もの道の駅が点在しています。これだけできれば、さまざまなところで取り上げられるような、儲かっている道の駅もあれば、完全に失敗してしまっている道の駅もあるのです。

道の駅は、「休憩機能」、「情報発信機能」、「地域の連携機能」、という3要素を持つことが期待されています。とはいえ、実態としては、ほとんどがロードサイドの商業施設として地域の商品を販売したり、観光拠点にしたりという地域活性化効果を狙っているものばかりです。つまりは、経済の活性化、消費の喚起を大きな目標として経営されているのです。

そうすると、結局のところ、消費者が「わざわざ行きたい」と思えるような運営をするかどうかに成否がかかってきます。当然ながら顧客にとって別に利用したくないような施設であれば、経営的には成り立ちません。行政が関わるのでいたずらに公共性を意識して、情報発信だの、地域の連携だのという要素を謳うものの、実態としては、道の駅自体は、やはりマーケット(市場)にさらされているのです。

道の駅は基本的に、自治体が事業主体となって、施設そのものは税金によって開発されていきます。作った施設を指定管理制度を活用した第3セクターなどに任せて経営してもらうというモデルが主流です。

もし、普通に民間が事業として施設を開発するならば、施設整備の初期投資部分の回収も含めて、施設運営の売上げから捻出するのが常識です。しかし、道の駅のほとんどは、初期投資は税金で作られています。

したがって、「その部分」については、稼ぐ必要がないという前提になってしまいます。そのため、事業計画の段階から、あまり売上げがあがらなくても「成立する」というような環境になってしまいます。立派な施設を税金で作っておカネはかかっているのに、経営上、売上げのハードルが楽になるという歪んだ状況がここに生まれます。

一見すると、「立派なものを支援して作ってあげて、その後も大して儲からなくてもいいような仕組みになっているので、楽だからいいじゃないか」と言われたりするのですが、その過剰投資を税金で賄って、その後「楽になる」ということが、実際は経済を活性化するうえで、関係者の生産性を下げてしまうわけです。

結局、地方の生産性が上がらないのは、「損益分岐点が歪んだ形で、通常より低い水準で容認され、生産性は低くても維持可能な環境そのもの」にあります。運営を任された第3セクターなどの、売上げ向上・改善に向けての努力があまり行われなくなり、自ずとその地域に本来生まれるはずの利益が小さくなってしまうのです。

「ゼロよりはいいだろ」と言われればそうかもしれません。しかし、普通に事業規模に対応した初期投資を皆で行い、より高い利益を生み出そうとして売上げの水準を上げていこうという「サイクル」の先に活性化があるのです。

何も高いリスクをとることだけを奨励しているのではありません。しかし、「リスクが低く生産性をほとんど考えず、ソコソコでいいよね」という経営環境を求めているのであれば、それは活性化とは程遠い状況になってしまいます。

しかも、事はそう簡単ではありません。実は、経費面でもマイナス効果を生みます。

行政が計画する施設は、商業施設としては過剰な内容になりがちです。また必ずしも運営者が設計するわけでもありません。あくまで設計は設計、開発は開発、運営は運営というカタチが多く、いざ運営する側からすると不便も多かったりするのです。

さらに過剰投資した施設の維持費は、カタチには見えにくいものの、実際は運営で生まれる利益から捻出したり、もしくは自治体が予算を立てて維持しています。結果として、経営的にはせっかくの売上げからも高い施設維持費が差し引かれて一段と薄利になったりします。もちろん、自治体が予算を新たに組めば、その分、財政は悪化するわけです。

一般に、施設を建ててから解体するまでの「ライフサイクル全体のコスト」は、建設費の4~5倍かかると言われており、決して馬鹿にできません。このような、見えないコストが事業の利益を蝕んでいるわけです。

売上げの面で目標が低くても、事業が一見成立するようになり、一方、経費面では過剰投資のツケが運営にまわって割高なコストで薄利になってしまう。この「ダブルパンチ」によって、道の駅事業は表向きは人がそこそこ来ていたとしても、地元で大きな利益を産んで再投資がされていくという理想的なサイクルにつながっていないことが多くなっています。

さらに、まだ問題は隠されています。「事業主体が行政である」という、初期段階からの依存構造が発生してしまっています。

結局、道の駅の事業主体は自治体です。

そのため、施設の運営を委託された業者や産直施設への納入者は、事業主体としての意識が希薄になりがちです。結局、最終責任は自治体なわけですから。「行政の事業を受けて施設を経営している」、「誘われたので、産直施設に商品を納入している」という「受け身の姿勢」を生み出す構造も大きな問題になります。

初期投資だけでなく、経営が行き詰まれば行政に救済を求める。さらに、産直市場での売れ行きが悪ければ「わざわざ出荷しても、どうせ売れない」と、農家は商品さえ持って行かなくなってしまう。こうなると、ますます経営は悪化します。

本来、商業施設などをつくる場合は、トイレなどの公共機能部分は行政が整備するにしても、その脇という優位な立地を活かして、事業を考え、利益から逆算して施設規模を計算し、資金の調達をして経営するのが基本です。

簡単にいえば、都市部なら「坪当たり100万円」を投資して施設の整備ができるような事業でも、地方だと坪30~40万円、つまり民家とほとんど同様の建築費で整備をしなくてはならない、などというケースはザラにあるのです。

場合によっては、それでも無理で、最初はテントなどを張ったマーケット形式で事業を始めていくこともあります。私のような者から言わせれば、道の駅のように都会同様の立派な施設を地方に作るのであれば、税金が必要になってしまうのは当然です。

地方の活性化は「おカネがないからできない」のではなく、「知恵がないからできない」のです。

何でもかんでも行政が支援をしていると「支援もないのに頑張れない」という依存心がますます強くなり、普通の市場では戦えなくなってしまいます。正常な民間の力がどんどん失われていってしまうのです。

道の駅に似たような産直業態でも、民間でしっかり利益をあげている商業施設もあります。しかし、一度「行政支援」を前提として道の駅を出店してしまえば、そのような芽は摘んでしまうことにもなりかねません。

見た目では分からない、一見民間の事業活動なのに、実際は行政支援が行われ、それが見えないカタチで地域の生産性を低下させているという矛盾、その一例が道の駅だと思います。今一度、公共としての役割、民間としての役割についてしっかり線を引き、一定の緊張感をもった連携ができるかが問われています。

▲東洋経済オンライン2015年1月20日
http://toyokeizai.net/articles/-/58373

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