2017-11

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川崎南高跡地 3年の闘いのあと

■川崎南校跡地問題、座り込み627日でのピリオドとこれから


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写真はすでに消去された南高校舎(2008/3/28撮影)

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解体後のいまのすがた
手前が体育館跡地で、右のほうに校庭と野球場の跡地が広がる


座り込み627日(10月17日現在)、座り込み述べ人員6000人、南校跡地を壊さないで有効活用を求める署名4万1186筆、2回にわたる「人間の鎖」、500首を越える『南校万葉集』

配布したチラシ12万枚、800日のブログは2000ページ。新聞報道6社、テレビの全国放映4社、などの数々の疲れをしらない「川崎南校を活かそう会 と南校訴訟を支える会」の粘り強い活動を讃える記念集会が10月30日18時から、50人を越える参加者によってにぎやかに開かれた。

会は初めて座り込みの中で作られた替え歌4曲をアコーデオン伴奏で全員が歌い、囲んだテーブルには参加者たちがめいめい持ち込んだ料理があふれて乾杯となった。

足掛け3年のたたかいの動画が大型スクリーンで写しだされ、参加者は感動を新たにした。

その南校跡地は、写真で見るように、校舎の建物も緑の指定校となって育てられた木も残らず伐採されて校舎を囲む垣根だけが残されている。

商業用地として「UR都市開発機構」に売却が予定されているが、松沢神奈川県知事は先の記者会見で、川崎市から依頼されたと言う。

おかしなことに地域住民の要望に応えるとして高校跡地の利用を考えていたという神奈川県は、川崎市の病院や福祉施設を作れないという驚くべき用途地域の変更を認めていた。

川崎市議会は一部の反対があったがこれを認め、地域住民にはきわめて形式的な説明で解体を強行した。

加えてこの田島地域は全国5番目に空気汚染がひどく、晴天の空もいつもうす雲がかかっている。

・残された使い道はなにか?

かって京浜工業地帯の幾つもの大工場とその下請企業は次々に移転し、回りに住宅が立ち並んだが、遊興歓楽街ができたら慢性的な交通渋滞と排気ガスで付近住民の健康が心配される。

老人ホームを、保育園や幼稚園を、校庭は広い公園に、グラウンドはそのまま付近の住民が使える運動場として残すように、期待した市民要求は3期目を迎えた阿部市政では期待できない、というのが市民感情だ。

健康な市民生活に欠かせないこれらの要求をどのように実現していくか。国民の間の友愛を掲げる鳩山政権のもとで、その展開にいくつもの「???」がつづく。

今はまぼろしとなった南校校舎「08年3月28日JanJan掲載時(筆者撮影)」は、まだ20年は使えるといわれていた。市民のための将来に見通しを持たず、税金の無駄遣いをする知事や市長とのたたかいはこれからも続けてほしいとこの写真は強く訴えている。

▲JanJanニュース 2009年11月4日(水)
by 市民記者 熊木秀夫

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