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2020-04

湘南茅ヶ崎 市民と行政とで景観の危機回避

■「旧南湖院からの富士」は残った

「いくらなんでも、これはないだろう」――。歴史的な建築物と温暖な湘南茅ヶ崎の風土にあった樹木や植栽で彩られた美しい「旧南湖院からの富士」の前に、突然、電柱が出現した。隣接地の住宅開発に伴う電線引き込み柱(高さ約12.5m)だ。「関東の富士見百景」(国土交通省関東地方整備局主催)にも選ばれている景観の危機回避に向けた、市民と行政の奮闘を報告する。

眺望ポイントの旧南湖院には、現在、南湖院創始者の孫である高田準三さんが経営する有料老人ホーム「茅ヶ崎 太陽の郷」がある。関東の富士見百景に応募し、選定のきっかけをつくった市民団体「まち景まち観フォーラム・茅ヶ崎」と茅ヶ崎市が、高田さんと連携しながら眺望景観保全に取り組んできた。

海まで5分の開発区域面積は約1万200ヘクタール。高田さんが電線地中化のために3,200万円を負担するという条件で、2006年4月、開発業者(本社・東京都)に売却した。「まさか、こんなことになるとは思っていなかった」と高田さんは落胆した。しかし、契約書には「公道上に存する既設の電線からの引込みを除く」となっている。

茅ヶ崎市都市整備課は、今年5月、今回の開発事業が「旧南湖院からの富士」への眺望景観を壊すことのないようにと、景観への影響調査を行った。一般的な2階建ての高さ8mと、都市計画に定められた最高限度10mに、風船をつけたポールを立て、「まち景まち観フォーラム・茅ヶ崎」のメンバーも参加して眺望ワークショップを実施した。

富士山の宝永山(標高2,700m)が見えるための建築物の高さのシミュレーションを添付し、留意事項の1つとして「電線など架空線については地中化し、引き込み柱についても景観的配慮が望まれる」と、6月に開発業者に対し書面で協力を求めた。事前予防への手だては取れたと思っていた。

「富士山への眺望が大変なことになっています」。11月24日、高田さんから連絡を受けた「まち景まち観フォーラム・茅ヶ崎」は、翌25日、現地で確認。週明けの27日に市都市整備課に連絡、驚いた担当者が現場に直行した。

30日には市都市整備課が開発業者に出向き、電柱移設の「依頼文」を提出した。「まち景まち観フォーラム・茅ヶ崎」も30日に「茅ケ崎の文化景観を育む会」と連名で、企業の社会的責任を訴え電柱移設を求める「要望書」を提出したものの、状況は厳しいと判断。12月6日、東京電力(株)平塚支所を訪れ趣旨を説明、開発業者との再協議を要請した。市都市整備課は移設地点の検討を進めた。

しかし、11日夕刻、開発業者から「まち景まち観フォーラム・茅ヶ崎」にファックスで送られてきた回答は、市との協議を含め「適法適切」に進めてきた、「費用全額」を茅ケ崎市が負担するのであれば移設に協力する、という内容だった。市開発審査課が許可し、工事検査済証も発行しているからだ。代表の益永律子さんは「法をクリアしても、引き込み電柱が及ぼす眺望景観への配慮がなされていない。“適切”とは言いがたい。美しい風景への思いやりや地域と向き合う企業姿勢を見せて欲しかった」と話す。

動いたのは、東京電力だった。「景観的に問題あり」と認め、電柱を低くするという改善策を提案。街灯や信号向けの低圧線と電力保安通信線をつけないことで、1.2m下げられるという。13日、市都市整備課と「まち景まち観フォーラム・茅ヶ崎」のメンバー注視のもと、現場で実験が行われた。

電線は既存のものと重なって見えるように張れることが確認できた。電柱が樹木から少し飛び出るが、樹木が成長して隠れるのを待とうという結論に達した。翌14日、開発業者が合意、一件落着となった。

開発業者は、そのうち何事もなかったように「電線のない美しい街並みを実現しました」などと、分譲住宅を売り出すだろう――。

南湖院:明治から第2次世界大戦まで東洋一の結核療養所としてその名を知られ、国木田独歩、坪田譲治、八木重吉など多くの著名人が入院生活を送った。萬鐵五郎(1885~1927)の晩年の作品にも描かれている。
http://www.janjan.jp/living/0612/0612200772/1.php

▲JANJAN 2006年12月21日(木)

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