2017-08

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景観は日本人が歴史的につくりあげてきた文化遺産

■農村の景観 文化遺産として大切に

稲穂が黄金色に色づき、水田を吹きわたる秋風とともに、波のように揺れている。農村が、素晴らしい輝きをみせる季節がやってきた。ふるさとの山や川に囲まれた農村の美しい景観は、農家の汗と努力に支えられ、日本の食文化とも強くつながっている。日本人が米を食べなくなれば、水田は存在できないことは、誰が考えても明らかだ。農村も大きく変わらざるを得ない。景観は日本人が歴史的につくりあげてきた文化遺産と言える。道路建設や河川改修、家並みの変化などとともに、文化遺産としての農村景観は今、激しい変革の波にさらされている。ふるさとの文化遺産を大切にしたい。
 
石川啄木の歌集「一握の砂」に収められた「ふるさとの山に向ひて/言ふことなし/ふるさとの山はありがたきかな」「かにかくに渋民村は恋しかり/おもひでの山/おもひでの川」という作品にみられるように、人々のふるさとへの思いと、ふるさとの山や川がつくりだす景観は、深く結びついている。もちろん、このふるさとは農村なので、山や川だけでなく、田畑の存在は景観と、まったく切り離せない。
 
農家の目からすれば、毎日見慣れているので、そうした景観が、そこにあることは分かりきったことであり、気にも留めていない人が多いかもしれない。ところが、ふるさとの良さを、あらためて考える時、人が思い浮かべるものは、生まれ育った土地の山や川、田、畑であり、こうした景観は、単なる風景ではなく、人々の体の一部にさえなっていると言えよう。
 
仕事や旅行などで、しばらく生まれ育った土地を離れていた時、帰路の列車が、ふるさとに近づくにつれ、それまで無意識のうちにも緊張していたせいなのか、安心感とともに、窓から見えるふるさとの景観が、まるで自分の体の一部になっていたかのように、感じることがある。
 
野山や川、田畑も含めて、ふるさとの景観は、見方によって、茫洋(ぼうよう)あるいは平凡とも言える姿をしている。しかし、そのような姿の中に、人が生きるうえで、とても大切なものが秘められている。平凡で見過ごしがちなものの中にこそ、深い意味をもったものがあると言えるだろう。景観の持つ含蓄の深さや、人の心に与える大きな影響力に目を向けなければならない。
 
今、開発の波は全国、津々浦々にまで及んでいる。時には山の形まで変えてしまうことさえある。道路建設や河川の改修工事でも景観は大きく変わる。遊休農地もあちこちにある。人々の住宅も様子がずいぶん変わった。
 
それは単なる景観の変化というだけでなく、ふるさとの文化遺産を失うことにもなりかねない。何をどう保存し、どうやって開発を進めていくか、景観の視点を大切に考えたい。

▲e農Net by日本農業新聞 2006年9月13日(水)

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