2011-07

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食もエネルギーも自律分散型の地域づくりを

■イタリアの村づくりから学ぶ

食もエネルギーも自律分散型の地域づくりをーーイタリアの村づくりから学び考える

○全文は下記サイトにあります。↓
http://www.gakugei-pub.jp/higasi/i001mu.htm
○緊急インタビュー「震災・原発事故とまちづくり」
http://www.gakugei-pub.jp/higasi/index_i.htm

話し手:宗田好史(京都府立大学准教授)
聞き手:前田裕資(学芸出版社)
2011年4月1日

<イタリアの村づくりから考える>
 
前田:
 つい先日もイタリアに行っておられましたが、帰っきた途端、日本は未曾有の大災害に見舞われてしまったわけですが、今回お書きいただく「イタリアの村づくり」は、こういう災害に遭いながらも日本がどう変わっていくかという点でもかなり参考になるかと思いますが。
 その点、いかがでしょうか。
宗田:
 農山漁村で「文化的」といって景観保全を進める背景には、イタリアではもともと「農村観光」とか「スローフード運動」のような農業の進化と食の革命や「オーガニック革命」と言われる新しい生活価値観と結びついていると考えます。それを本に書こうと思っていたのですが、それ以上に農村の変化は地域の再編という意味を持っていると気付きました。
 日本でもエネルギーの世界で「スマートグリッド」が言われていますが、地域では自然エネルギーに加え、農村と都市の関係というものをスマートグリッドの考え方で整理していくとこうなるだろうということをイタリアでは示しています。日本で「地産地消」と言われていることを、イタリアの現状ではより総合的な地域計画の課題として考えていることがよく分かりました。それが本書を書く大きな動機です。

○イタリアの伝統的な農村のあり方
 イタリアは半島ですが、日本と同じように海に囲まれた国です。だから、どの地域も山と海にはさまれているんです。したがって、山と海の幸をどう食として、あるいはエネルギーなど様々な資源として活用するかを昔の閉じた社会の中では常に考えていたのです。
 そこに伝統の食が生まれ、伝統の文化や町並み、景観が育まれていったということが言えます。ですから地域の美食、美酒というガストロノミックの捉え方で地域の魅力を見つけていこうとすることは一番人々に分かりやすく、景観や伝統文化で地域 の良さを再生することより、もっと大きく五感に強く訴えかけるインパクトがあると思います。
 それをイタリアの農村観光を進めている人たちは、根底に捉えていることが今回のイタリア行きではよく理解できました。
 昔は、例えば羊飼いたちは夏になると山に出かけて牧草を食べさせ、冬になると集落に降りてきて、土地を耕し、乳を搾りながらチーズを作る生活でした。また、夏は豊富な水産資源が海から上がりますから、それを加工して、川や道を軸として山と 海がそれぞれ豊かな食材を地域の人たちに供給してきました。もちろん地域の農業、林業は近海を豊かにし、海から上がった資源も肥料として土地に戻ってくるという循環を繰り返してきました。
 乳製品を生かす調味料や食材をうまく加工していくことで独特の風土、気候に合った味わいがチーズになり、ワインになり、水産加工品になってきたわけです。それが料理として花開くのです。このことを農村観光では、もっと強く前面に打ち出していこうとしているのです。

○伝統のあり方が失われた現在
 ただそれがなぜ今は失われているのか、なぜ再生しないといけないのかと言うと、地域開発の名の下に鉄道もやがて高速道路網に変わっていって、全国的な物流が広がり、最近ではより安い製品をより高く買ってくれる市場に届けるというグローバルマーケットの仕組みが出来てしまったからです。
 そこでは、小さく生産していた漁港の加工品や乳製品が大量生産の仕組みの中に取り込ま れてしまうのです。南で作った牛乳も北で作った牛乳も、全く同じ水準の同じ成分のものでなければ工業製品として全国に流通できないという仕組みになってしまったのです。牛乳だけでなく、チーズ、ワインもそうです。牛乳は今、原乳を遠くのローマやミラノの大都市に運んで、大きなミルク工場で混ぜられてスーパーの単一の牛乳に化けているというわけです。つまり、地域の色を消してしまうのです。
 同じように、農業生産品もイタリアでは協同組合とかコンソーシアムという形をとりますが、農業指導の名目の下に同じ時期に種まきをして同じ肥料を与えて、同じ時期に収穫します。「高投入高収入」というやり方で、資材や肥料をたくさん投入し て収穫を得るという構図が近代農業なのです。これはオーガニック農業が批判している大量生産方式の規格製品化された農産物です。
 この「高投入高収入」という農業の構図は、多くの工業製品と同じように一定の品質が保証されかつ安い値段で消費者に届けるという仕組みでもあります。ただ、そのやり方を選んだことで、地域の特色、地域の文化が消えてしまった。この構図では、都市しか生きられない、多様な地域は生き残れないということになってしまったのです。今、こうした構図を脱却し、地域が自立するための農業や漁業の取り組みを取り戻していこうという考え方が現在の「脱フォーディズム」の村づくり、風景づくり、文化づくりにつながっています。そうした動きの一端が「地産地消」であり、地域独特の食文化として表そうとしているんです。これが別の意味での「スマートグリッド」の考え方なんです。

○スマートグリッドの考え方
 地域の中で自己完結的にほとんど全てのものが調達できること。さらにエネルギーも再生可能エネルギー、例えば太陽光とか水力とかを使うこと。そんな考え方が強く意識されていて、環境保全型農業に熱心な農家では、牛の畜舎の上にソーラーパネルが乗せ、畑の横の小川に水力発電のダイナモが回っています。地域固有の味とクリーンな農産物を追求するからです。
 こうなってくると、大きな送電線に代表される、エネルギーや流通の大ネットワークの中に閉じこめられなくても、自立した地域の再生の可能性が広がると考えられます。イタリアの農村では、今そういう流れが生れています。
 今、我われは震災に遭って高速道路網、鉄道網がずたずたになり、その先にあった工場が被災してしまったことで、日本の生産システム全体が狂おうとしています。あるいは、原子力発電所の事故の影響で福島県の農業が大被害を受けようとしている。全国4位の生産量を誇る福島県産の米は市場で大きな部分を占めていますから、それだけでも影響があるでしょう。果物・野菜の生産地でもあり、首都圏だけでなく関西の大型スーパーの流通を支えていた部分もあるのです。
 今回の災害によって、長年にわたって品不足が起き、買い占めという現象が起きるでしょうが、その影響を抑えるために地域での地産地消を進め、食と農のスマートグリッドが自立しながら支え合うという構図をどう作っていくかが課題だと思います。決してエネルギーだけの問題ではなくて、もっと大きな意味での循環、生産-消費の意味として日本でも見直されてくるだろうと思っています。
 こういう考え方の見直しが追い風となって、地域の自立が進み、同時に地域の文化や景観が見直されていくという大きな流れになっていくのではないでしょうか。今まで文化財保護の方面では残っている棚田が名勝だから残すとか、この森林が美しいから残すべきだということを、そこだけ切り取って残すという取り組み方をしていました。それがなかなか普及しなかったのも、そこにあった生活と生産が全国的、グローバルネットワークの中に位置づけられていて、そこと切り離さなければ残せなかったという事情があったからなんですね。それをもっと根底から考え直して、生業と生産を自立的なものに変えていくことで、地域の文化の意味が大きく変わっていくのではないでしょうか。
 おそらくそこに、今回私がイタリアで見てきたものを生かす方法があると考えます。イタリアは原子力発電所を持っていませんし、エネルギーも自立型で行こうと国策として取り組んでいますから、そのことと結びついています。もともと中央集権的でない地方分権的な自立的な地域のあり方を大事にしているからこそ、個性的な文化や景観が残っていることともつながっているのです。そういう大きな国土政策を課題として、農業観光が位置づけられていると思いました。

○イタリアのアグリツーリズムがもたらした変化
 今回私がアグリツーリスト(農村観光協会)に行ったのは15年ぶりだったのですが、前にこの研究をした時にお世話になったアグリツーリスト本部のロ・スルドさんと再会しました。15年前にはイタリアでもまだアグリツーリズムは今ほど盛んではなく、普及しかかっていたところです。だから彼らの研究は、どんな人が農村観光に来るかが中心で、大学出の高学歴の人たちや、中高年の所得階層の高い人たち、また特に食に関心のある人たちが農村観光を支えているということを調べていました。
 今ではイタリアのアグリツーリズムは全国の観光市場の27%を占めるところまで来て、 もうありとあらゆる人が農村観光を楽しんでいます。中にはホテル代が安いとか、たまたま手近だったからという理由もあって、アグリツーリズムが持っていた本来の魅力は失ってしまったかもしれないけれど、これだけ国民に農業や農村を感じてもらうようになったのです。観光に出ようと思ったらその4分の1は農村に行くわけですから、イタリアにとってもこれは大変な変化ですよね。
 そして、我われはそこに至る15年、20年の変化をどう見るかという議論をしたわけですが、二人で話して気づいたことは、都市と農村の格差がなくなったということです。イタリアでも長い間、都市は豊かで農村は貧乏という図式がありました。ところが、この20年で「むしろ農村の方が豊か」ということを都市の人が感じるようになったのです。つまり都市の環境の悪いところで暮らすよりも、本当は農村で過ごせたら良いなとみんなが思うようになったということなんですね。
 もうひとつの変化もあります。実は農村の中にも地主がいて小作がいて、貧富の格差はありました。所有する土地の多寡で格差が生まれていたのだけれど、そこをアグリツーリズムで農業が土地にだけに縛られることの制約から解き放したのです。つ まり、土地がなくても美味いレストランで生計が立てられるとか、上手に民宿を経営できれば所得は大きくなるなど、土地だけあってのんびり農業をやるだけではなくて、もっと上手に2次産業、3次産業の部分で農村を豊かにしていく才覚で、誰でも出来るようになったのです。
 同時に、このアグリツーリズムの他に、テッラノストラ、ツーリズムヴェルデというそれぞれ政治的背景を異とする全国的アグリツーリズム組織があるのですが、この3組織が異口同音に言うのは「成功は女性の力だ」ということです。アグリ、つまり農業は男性がやって、ツーリズムは女性が中心になった。それによって、実は農村女性の解放ができたというんですね。
 今まで農村の女性は、どうしても農業しかなかったら、亭主や農場主に指示されるままの単純労働力と家事しかできなくて、低い地位でしかなかったのです。ところがツーリズムが農村に入ってきてから、女性の才覚が現金収入に直接つながるようになったのです。銀行や農業団体からお金を借りて、部屋を綺麗にして美味しい料理を出すとか。だから奥さんがやる気を出して上手に経営していくなら、土地は狭くてもアグリツーリズムは栄えるんです。
 むしろ、最近では農業収入よりアグリツーリズムからの収入の方が多くなってきたという状況があります。それが分かれば女性は頑張りますし、全体として村の文化意識や市民意識を変えていく状況になってきつつあります。ついには遅れていたイタリアの農村の中でも、都会では当たり前になっていた男女共同参画が急速に進んでいるようです。このことが農村の中に残っていた男女格差の問題も解消してしまった。
 だから、私はロ・スルドに「我われが学生だった70年代にはまだ学生運動の残り火が あって、その頃社会思想としてあったマルクス・レーニン主義でどう社会問題を解決していくか、民主化をどう進めるかを考えていたけれど、あの頃、想像していた形とは違うかもしれないけれど、このアグリツーリズムを通じて農村の民主化はかなり進んだよね」と言いました。
 農村の地位は随分良くなったし、農民の社会的な地位も随分良くなりました。アグリツーリズムはそれに大きな貢献をしましたし、産業革命以降続いてきた都市への人口集中も止めることにも成功しました。都市と農村の所得格差も解消され、大地主と小作農の格差もだいぶ平準化されてきました。むしろ大地主が消えて、小規模な農家が多角的な経営をしながら都市に住む普通の市民以上の所得を得る形になってきていると言えるでしょう。だから、被雇用者の労働者として働く以外のいろんな多様な生業のあり方を示すことに成功したと言ってもいいでしょう。
 結局、大量生産大量消費型の規格化された農業は、それが農協とかコンソーシアムであっ ても、組織が号令をかけて集団労働を農民に強いていたということで、それを合理性と言っていた。アグリツーリズムはそうした農業のあり方からも脱却して、 社会主義的な農業モデルというのは崩壊してしまったんです。より自立的で、多品種少量生産の農業として、地域と一緒に自分も自立出来るという道を開いてきたのです。これは大きな意味では、農村の民主化の流れに重要な一歩を記したことじゃないでしょうか。
 これでイタリアにおける農村の貧困問題はだいぶ良くなりましたよね。そういう話をロ・ スルドさんと交わしました。ただ、ロ・スルドさんによると、昔からあるイタリアの南部問題、つまり南部の貧しさはそうそう簡単には解消できないということでした。ローマやフィレンツェから車で1、2時間で行ける農村観光は良いけれども、シチリアまで行くのは大変です。アグリツーリズムにも条件的な有利、不利はあるのです。そこはこれからの課題でしょうが、日本企業も参加したJVがシチリアとイタリア半島を結ぶ橋を受注したこともあるし、これからは少しずつ 良くなる傾向にあるのかなとは思っています。
 あとは、シチリアを含むイタリアの南部はギリシア文化から続く大きな歴史があるので、 そこをうまく生かす方法を見つけられたらと思います。とにかく地域の大きな政策転換につながる意味が、アグリツーリズムにはあるという話を聞けたのが、今回のイタリアで得た大きな収穫だったと思っています。

<まちづくりはどう変わるか>

○エネルギーを軸とした地域の自立
前田:
 少し話を変えて、先ほど言われたスマートグリッドの時代になるということは、これからの日本の地域計画あるいは総合計画自体も変えていかないといけないのでしょうか。この辺についてはいかがですか。
宗田:
 前から分かっていたとは言え、ちょうど今日の新聞で管首相が日本のエネルギー政策、環境政策の見直しをするとの記事が掲載されていました。同時に東京電力という会社の国有化も含めた再編が話題に出始めています。
 このことから分かってきたことは、まず「脱原子力」は誰も否定できないことでしょう。原子力発電が一番長く続いても21世紀の半ば頃ぐらいで、それまでには自然エネルギーへの転換が進むと思われます。そのエネルギー転換期を2050年と置くのか2030年と置くのか、もっと早く2020年までになるのかは、ここ半年か1年の間に大きな方向が見えてくるだろうと思います。
 エネルギーの転換とは、要は自然エネルギーにシフトを移すということです。その技術はもう十分成熟しつつあります。経済的に言っても、今後日本の原子力は発電コストがどんどん上がってくることでしょう。そりゃ、こういう事故を起こしてし まった以上、地域に原子力発電所を受け入れてもらうには、地域にとってあまりにリスクが高いことなので、安全対策を含め、今以上にコストが上がると思われます。それに比べて、90年代以降自然エネルギーのコストは着実に下がってきています。おそらく損益分岐点はもう超えているのかもしれない。だから、政治的な決断を待つ待たないにかかわらず、エネルギー転換は必ず起こると思います。
 その中で一番大きなことは、自然エネルギーに変わってくることで地域のエネルギーの地産地消が進むと思うんです。地域の中でより効率的なエネルギー供給の仕方を考えるし、循環をどう考えるかが問題になってくるでしょう。それは、東京一極集中に代表されるような日本の地域構造をより分権的にしていく大きな流れになると思うんです。
 今までは、東京電力・関西電力・中部電力という形で区切られていたネットワークが変 わってくれば、当然産業立地、工業立地にも大きな影響を与えるだろうと思うんです。さらにそれが地域ごと、自治体レベルかもう少し広い県レベルになって、 エネルギー供給と工業生産、あるいはその他の産業へのバランスあるエネルギー供給という話になってくると、随分地域の自立が進んでくるわけです。このことがひいてはエネルギー以外の分野にも影響を及ぼしてくるのです。この転換が地域に大きなインパクトを与えると思います。

○住まい、都市への価値観が変わる
 それから今回の災害をテレビでごらんになって、みなさんも津波の映像にショックを受け られたことだったろうと思います。慣れ親しんできたふるさとの景観が瞬く間に壊されていく状況を見てしまったわけで、あれは阪神淡路の震災の時の壊れてしまった後の映像を見たときとは全く違った力を見せつけられてしまったのです。津波という自然のもの凄い力がすべてをさらっていったのです。それはとてもショッキングな出来事でした。
 ですから、今は都市や住宅に対する信頼というのが、根こそぎ失われたような気がします。新しく造成した土地には住まないとか、住むんだったら昔から人が住み続けている場所を選ぶということが、やがて国民の要求の中に上がってくると思うんです。
 私はイタリアを研究していて、最初はなんでみんな歴史的市街地に住むのか、中世の不便な丘の上を好んで住むのかということが疑問の根底にあったんです。今回の津波の映像を見たら、そりゃあ昔からの場所に住むのは当然だとストンと腑に落ちた気がします。ローマ時代から2千年続いている町、そういう所に住む方が理屈抜きに安全なんです。だから、歴史を見直して古い町にみんなでまとまって住むということが必要になってくるのです。
 また、イタリア人が村を大事にするのも都市は脆弱なものだから、社会基盤が脅かされた瞬間に住みにくくなるのが分かっているんです。だから拠点をひとつ農村に置いておき、いざとなれば農村に逃げられるようにする。
 こういう考え方が都市計画の中でもっと重視されなければならないと、私は思っていま す。今まで分断的に土地利用計画、そして土地利用に沿った形で防災計画や減災計画が行われてきたし、居住地環境整備事業というのはとりあえずどんな新しい ところに町を作ってもコミュニティが維持されるように努力されてきました。しかし、どうしても分断的でした。もう一度地域の歴史に根ざした状況下で、町は将来どうあるべきかという歴史から未来を読むという形にしてこないと、都市づくりが成り立たないでしょう。我われがイタリアで感じていたそれぐらいの都市計画のあり方が、日本でも求められるようになると思いますね。

○安心安全にこだわる消費者の要求にどこまで応えるか
前田:
 エネルギーの自立、分散と同時に、最初にお話しされた農村のアグリツーリズムだけじゃなくて食の安全や自立も求められてくるのではないでしょうか。最近ではかなり意識されてきていると思いますが、さらにその要求は強くなってくるような気がします。それに対して、農業、農村は応えられるか、あるいは都市はどう変わるかということについてはいかがでしょうか。
宗田:
 私も京都府温暖化防止活動推進センターでやっていることですが、今までの農業はフォ-ディズム(と私は呼んでいますが)によるエネルギー消費型農業であって、資源消費型農業の形ですよね。農産物流通のエネルギー消費を減らすためにフードマイレージ削減を提唱していました。でも、マイレージだけでなく、高投入高収益の集約型農業そのものを変えていきましょうというのが地産地消の本来のあり方だと思います。
 重要なのは災害が起きても、そこに食べるもの、飲む水があるということです。取りあえずは災害が起きてライフラインが止まって道路網も寸断され地域が分断されてしまうというときに、身近に食べるものがあるということはとても大事なことです。食べ物を全てインフラに頼って運んでもらえる訳じゃない、地域の食に対する考え方を見直していくことが進んでいくと思われます。
 それと、イタリアに行って驚いたことのひとつに、マクロビオティックが日本以上にイタリアでもブームになっていたことです。実は私もイタリアに行って教わったのですが、マクロビオティックってもともとは日本のものだったんですね。ああいう考え方が日本ではなくイタリアで受けている事実にも驚いたのですが、その根底には地域で暮らすことが文化的にも再評価されている、このことも含めて食の自立=地域の自立ということが進んでいることだろうと思いますね。
 こういう食スタイルの変化がアグリツーリズム以上にじわじわと効いてくるだろうし、いろんな取り組みが出てきたときに農村の魅力は今以上に見えてくるでしょう。農家側がそれをどれだけ分かってくれるかという問題もありますが、農家は美しくなければ美味しくないという消費者の心理をどう捉えるかということ。その一見わがままに聞こえる「美しい村でなかったら食材は美味しくない」という消費者の要求に対して、それを生産者側がどう位置づけ、どう合理的に解決していくかという問題は起こるでしょうが、そこはやはり計画を立てる人間が上手にガイドし ていくかにかかってくると思いますね。

○我われは大きな変化にちゃんと対応できるだろうか
前田:
 最後の質問ですが、これから大きな変化が日本で起きていくとき、ある意味それは豊かになることなのか、それとも貧しくなることなることなのか。つまり我慢をしていかないといけないのかと思うのですね。
 おそらく今までの成長を願う人たちはエネルギーをそれなりに回復していって、もう一回経済成長を取り戻そうという議論をするでしょう。あるいは、今話されたような自分たちの生活をもうちょっと地に足をつけていこうという動きも一方であるだろうと思います。我われ日本人はどのようにその変化を受け止めるべきか、また受け止める力があるか。変化をうまくこなせる所に我われは来ているんでしょうか。
宗田:
 もちろんもちろん。その点については、僕はとても楽観しています。よく言われるように 21世紀の日本人は新しいものをほしがらないほどに成熟し、沢山のモノを欲しがらないほどに豊かになりました。これは『デフレの正体』で藻谷さんが書かれ ていることと同じです。否定的に捉えたら、年金生活に入ったから消費を抑えていることかもしれませんが、年金生活に入って貧しくなったという嘆きはあんまり聞かないですよね。逆に孫に何かを買ってあげたとか孫を連れて旅行に行ったという話はよく聞きます。たぶん、みなさん職を離れてからできたちょっとした余裕を、家族や友達との絆を再確認する、人生の成熟に変えることが出来たのだとすると、こんなに成熟したのだから今さら新しいものは要らないということかもしれません。
 例えば仕事をしているからインターネットが必要、でも仕事を辞めたのだったら無理してインターネットを覚えなくてもいいという選択もあると思うのですよ。便利そのものの新しい町よりもうちょっとレトロな町でゆっくり過ごしたい。そういう願いを持つ人たちは確実に増えていますよね。
前田:
 それは若い人たちも含めてですか。
宗田:
 若い人たちについては、僕はそんなに早く成熟せずに次から次へ新しいモノを欲しがって欲しいと思っているんだけれど、そういう成熟した若い人も増えているのかもしれません。それはまた別の心配ですが。
 それはそれとして、今はなんと言っても中高年が人口の中では多いですから、今言った傾向は見えています。必要以上に欲しがらない、本当に必要なものだけをちょっと買うという傾向はあると思うんですね。これをデフレの正体という言い方もある でしょうし、モノが売れずにサービスが求められる時代になった、女性が賢い選択をする時代に移っているという言い方もできるかもしれません。
 それと、今回の震災で大きく出てきたことは、自分のためとか家族だけを考える時代じゃないだろう、自分や家族をさておいて、みんなのために尽くしている自治体の職員さんとか福祉関係の方がクローズアップされたことです。地域の支え合いと一言で言ってしまえばそれまでですが、みんなのために何が出来るかを自分の最大の生き甲斐として考えておられる方がかなりたくさんいた。その立派な行動に我われは本当に胸を打たれているわけですが、日本人の被災時における態度が立派だと世界から誉められることは、考えてみると日本は十分幸せな国になっていて(もちろん、全ての人びとが幸せだと言うつもりではありませんが)、幸せを感じている人たちがいたからこそ自分以外のみんなのためを思う人たちが増えてきたということだと思うんですよね。
 こういう大きな価値観の転換があった。戦災復興からもう60年、70年が経ってしまって、そこから今何を考えるかという状況になってきています。戦後の豊かさの表れというものが、成熟したというか一皮むけた日本人像になっていくと思うのです。そこでワークライフバランスとか絆の再生が求められているのです。そういうところから、日本の新しい形が生まれてくるだろうし、暮らしや仕事の仕方も変わるし、求められる仕事の内容が変わってくると思いますね。今までのような単純労働に黙々と耐える日本人像ではなくて、よりクリエイティブな仕事に従事する人が増えるような日本になっていくかもしれない。小さい仕事だけど光っているとか、小さいけれども多くの人の役に立っていることが仕事のやりがいとして求められる時代になるかもしれない。そういう人々の気持ちの大きな流れをどう生かしていくかが問われてくる時代だと思うんです。
 だから、私は見ていると、日本人はイタリア人の価値観に近づいていっているなという気がしているんですけれど、それは私がイタリア好きだから言えることかもしれません。何かそういうイタリア好き人間が見る日本人像というのは、やがてイタリアのような美しい国を築き上げていくという方向を示していると思いますね。

○これからの計画に求められるものとは
前田:
 最後の最後に、しつこくて恐縮ですが、そういう風に変わっていく中で計画の役割とかはどうなるでしょう。計画って、日本では信じられない存在になってきましたよね。土地利用計画というと権利を制限されるからイヤだという心理が強く働きますし、先生が言われたように「美味しいものは綺麗な農村から生まれる」と言われても、実際はゴチャゴチャとした状態で平気ということがまま起きてしまうのですが、そういう中で計画はもう1回何か役割は担えるのでしょうか。あるいは、今までの計画とは変わっていくことによって、人々にもう1回期待されるものになるのか。そのあたりはどうでしょう。
宗田:
 それは計画がもっと賢くなればいいだけの話ですよ。簡単な話ですよ。さっきから成熟するという話をしていますが、成熟するということは共同化がうまくなるということです。自分1人がやる、つまりみんながバラバラにやるということよりも、みんなで力を合わせてやった方が得だということは、みんな知っています。それを信じられるものが計画なんです。まだ出来てもいないものに対して、みんなで力を合わせようと言える説得力を計画が持つかどうかなんですよ。
 計画を市民、国民が信じてくださらないから、みんな「規制はイヤだ」というわけなんです。規制を受けることによって得る得と失う損を比べたときに、損の方が大きいと見てしまうわけですよ。でも、京都の景観政策のように今は景観政策評価システム研究会が「十分理解されている」と再確認しているところですが、京都の景観政策に異議を唱えた看板屋さんだって不動産屋さんだって一定ルールのもとでみんなでまちを作っていくようになったら、どうも儲かるらしい。京都はより良い町になって神戸、大阪よりも十分魅力のある町になっていくらしいと思っているらしいんですよ。
 そこは時代の変化を着実に知りながら、1人1人のニーズを知ることです。彼らが何を損と感じ、何を得と感じるかをちゃんとモニターした上で、それを計画の中に取り込みながら、優れた説得力のある計画を持ってくることが賢くなるということなんです。それが出来るようになる必要はある。
 そうしたら、用途地域制度なんてものや都市計画制度なんてものは変えたら良いんです よ。今それが変わらないのは、従来のものに代わるより賢いシステムを我われが提案してないからです。そのことを、政治家を含めた国民に理解させてないからであって、そうでないと計画は絶対に進歩しません。
 というのは、人間は1人では生きていけないから。力を合わせた方が必ず得だから。人間社会というのはそういうものじゃないですか。社会がある限り、計画は絶対にあります。人間はより賢くなっていきますから、取りあえずはそこに二人以上の人間がいる限り計画がなくなることは絶対にないでしょう。まして、日本には1億2千万人もの人間がいるわけだから。我われの仕事がなくなることは絶対にないでしょう。
 ただ、問われるのは計画の賢さですよね。賢さというのは、決して誰かがやったことを真似ることでも、あるイデオロギーに従うことでもなくて、今ある現実を冷静に見つめながら、何が起こっているかをちゃんとわきまえることから始まるのだと思いますね。

宗田好史さん略歴:
1956年浜松市生まれ。法政大学工学部建築学科、同大学院を経て、イタリア・ピサ大学・ローマ大学大学院にて都市・地域計画学専攻、歴史都市再生政策の研究で工学博士(京都大学)。国際連合地域開発センターを経て、1993年より京都府立大学人間環境学部准教授。国際記念物遺産会議理事、東京文化財研究所客員研究員、国立民族学博物館共同研究員などを歴任。
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全国のお母さんら連帯 この時代を生き抜く知恵袋

■福島第1原発:放射能全国ネット 全国のお母さんら連帯
この時代を生き抜く知恵袋

福島第1原発事故で、放射性物質の子供への影響を心配する母親の不安を解消しようと、情報を共有する全国ネットワークが有志の市民で設立される。12日に東京都千代田区の全電通労働会館で設立集会を開き「行政の対応を待たず、自分たちの力で子供を守ろう」と呼び掛ける。

設立のきっかけを作ったのは、86年に原発事故が起きたチェルノブイリの子供の療養を支援するNPO法人代表、野呂美加さん。野呂さんは福島の原発事故以降「子供への放射線の影響」について各地で講演を続けている。食物や遊び場の安全性について不安なまま声を上げられなかったり、どう行動すべきか分からなくなっている母親が多いことに気付いた。

一方で、自分たちで情報を集め、国や行政に意見する団体も散らばって存在することから「みんながつながれば大きなうねりになるのでは」と顔見知りの母親らに提案、ネット作りが始まった。活動が本格化したのは7月からだが、既に賛同人は400人を超え、登録団体も60近くになっている。

ネットワークでは当面、空間や食物の放射線量を独自に測定するなど、既に各地で活動している団体の情報を集約。長期的な健康被害が懸念される内部被ばくを防ぐ方法や考え方を伝えたり、国や行政に対する個人の声をすくい上げ、陳情などの形で意思表示していく。また、避難場所を見つけられない人へ受け入れ先をあっせんすることも検討中だ。

呼び掛け人の一人、井寺喜香さん(39)は「事故の影響で、母親らの放射線への関心は高まっている。この時代を生き抜く『知恵袋』みたいな存在になりたい」と話している。

(引用元:毎日新聞 2011年7月9日)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110709k0000e040031000c.html

子どもたちを放射能から守る全国ネットワーク
http://kodomozenkoku.com/

汚染の拡大は止められない

■今までと違う世界で生きるしかない

汚泥から次々と放射性物質検出

東日本各地の下水処理施設の汚泥から、放射性物質が検出されている。東京都大田区の下水処理施設では、空気中から毎時2・7マイクロシーベルトの放射線量が検出された。0・05マイクロが普通だから、その50倍であり、とても高い。

原発から230キロ離れた場所でありながら、高線量の汚染となったのは、下水処理場の汚泥が濃縮されるからだ。空気中に広がった汚染は下水に流れこんでくるが、下水処理場は水を処理する過程で汚泥を生み、そこに濃縮されている。これから日本中の多くの場所で出るだろう。関西でもそれなりの濃度になると考えた方がいい。

下水処理場で焼却した灰からは、1キロあたり1万ベクレルを超えるセシウムが検出された。すごい量だ。そんなレベルの放射能を取り扱ったことは、私は一度もない。

国は下水処理場の汚泥を建築用コンクリート等の材料として再利用することを進めている。セメントや肥料にするにあたって、「1キロあたり100ベクレル以下になっていれば問題ない」としているが、放射線はどんなに微量でも危険。社会的にどこまで受け入れ可能なのか判断するしかないが、いま出ている汚泥は猛烈な濃度であり、始末の方針を示す必要がある。

国が汚泥の汚染の基準を定めたのは5月で、それ以前の分は既に全国に出回っている。セメントにして道路を舗装したら、放射線が出てくる。1キロあたり100ベクレルのセメントで建物を作れば、汚染物質で覆われた建物になる。キロあたりは小さくても、大量に使えば積算される。

そうした汚染の拡大は止められないが、今や地球上すべてが福島の放射能で汚れている。事故を招いた日本という国は、汚染から逃れられない、という覚悟を決めるしかない。ただし、小学校には使わない、というような配慮はあってしかるべきだ。

江東区の保護者の会が、「東京都の汚泥処理施設近くのグラウンドの土から高い濃度の放射性物質が検出された」と発表した。汚泥処理施設で焼却して処理しているのであれば、煙にのって放射性物質が大気中に出てきて、それが周辺に汚染を広げていることはあり得る。放射性物質が出ているのであれば、焼却は止めるべきで、続けるならば、適切なフィルターなどを設置してから行わないといけない。

汚泥を置いておく場所も、灰を置く場所もない。どうしたらいいか分からない。こんな事故が起きてしまったから、これからは今までと違う世界に生きるしかないと思っていただくしかない。

京都大学原子炉実験所 小出裕章 語録 ピープルズニュース
http://www.jimmin.com/htmldoc/1651.htm

汚泥から高濃度の放射性セシウム検出

■神奈川:下水処理場 放射性物質検出

下水処理場の汚泥から高濃度の放射性セシウムが検出されている問題で、県内の処理場では、汚泥焼却灰の処分や再利用が進まず、敷地内に積まれたままになっている。政府の汚泥取り扱い基準は示されたものの、セメント原料としての再利用が再開されていないためで、保管場所を増設するなどして対応している。

政府が6月16日に示した汚泥に関する当面の取り扱い基準は、放射性セシウムが1キログラムあたり10万ベクレル超の場合は放射線を遮蔽できる施設内に保管、10万ベクレル以下の場合は管理型処分場に仮置き、8000ベクレル以下なら管理型処分場に埋め立てられるとしている。セメント原料として再利用する場合は、セメントにした段階で100ベクレル以下にする必要がある。

県が管理する4カ所の下水処理場(平塚市、茅ヶ崎市、小田原市2カ所)では、焼却灰から1キログラムあたり544~4424ベクレルの放射性セシウムが検出されている。

管理型処分場に埋め立て可能な数値だが、県は「放射性物質を含んだ焼却灰を埋めるには周辺住民の理解が必要」として、現段階では埋め立てを検討していない。今年度中は下水処理場敷地内に仮設テントを設置し、焼却灰を保管する方針で、6月30日現在で4処理場に計約1000トンの焼却灰がたまっている。

▲読売新聞 2011年7月2日(土)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/news/20110702-OYT8T00301.htm

△放射能汚泥 関東3万トン 

福島第一原発事故の後、各地の上下水処理施設などで汚泥や焼却灰から放射性物質が検出されている問題で、自治体の処理が滞っている汚泥や焼却灰が関東地方の1都6県で少なくとも3万トン余にのぼることが本紙のまとめで分かった。政府は6月に埋め立てなどの基準を示したが業者らから引き取りを拒否されるなど一時保管中の施設の保管スペースは限界に迫っている。

焼却灰が最も多いのは神奈川県で、計2260トンと全体の約36%を占める。このうち横浜市は739トンにのぼり、市の担当者は「これまでは引き取ってくれたセメント業者が引き取ってくれず、汚泥資源化センターで保管している」と説明する。

一時保管場所が満杯になるのは自治体によって異なるが、神奈川県や横浜市によると、仮置きは今後、2カ月程度しかもたない。東京都流域下水道本部(立川市)も「施設によるが、1~2カ月で満杯になる」と話した。

▲東京新聞 2011年7月1日(金)
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011070190071537.html?ref=rank

平塚・土屋浄化センターから放射性物質

■平塚の下水汚泥 放射性物質検出

平塚の下水汚泥

▽神奈川県の下水処理場における汚泥の放射線物質濃度等の測定結果
http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f215/p330810.html

▲朝日新聞 2011年6月7日(火)

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全国初の景観支障防止条例

■廃虚と化した建物、行政で撤去可能に 和歌山県が条例案

和歌山県は14日、人が長期間住まずに廃虚となった建物を行政の判断で撤去できる全国初の条例案を県議会に提出する。人口減少が進む同県の「空き家率」は全国ワースト1。廃虚が放置されることで、景観や住環境が悪化すると判断したという。

名称は「景観支障防止条例」。外観に著しい破損や腐食などがある建物が対象で、建物が文化財に指定されている場合は対象外となる。撤去までの流れは(1)周辺住民の多くが撤去を県に求める(2)県は地元の市町村長らの意見を聴き、所有者らに勧告する(3)勧告に従わない場合、撤去命令を出せる(4)命令に従わない場合は行政代執行の対象とする――としている。

▲朝日新聞 2011年6月7日(火)
http://www.asahi.com/politics/update/0607/OSK201106070033.html

△和歌山県は、景観を悪化させている廃虚などを住民の要請を受けて所有者に撤去するよう命令できる条例案を14日開会の県議会6月定例会に提案する。施行は来年1月予定。新築ではなく現状の建物について規制し、命令を出せる制度は全国でも珍しいという。

条例が施行される以前から廃虚状態の建物についても、命令の対象になる。規制は、さかのぼって適用できないが、撤去することで生じる地価の上昇などを差し引いた上で、県が所有者に対して損失補償することで命令を可能にしている。


▲紀伊民報 2011年6月7日(火)

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